自分のためだけに行うわけじゃない

子どもの頃は視力はそんなに悪くはなかった。
むしろ人より良い時期もありました。
小学3年生の時の視力検査では両目で2.0だったのを今でも鮮明に覚えています。
多少あてずっぽうでランドルト環の向きを申告はしましたが、それでも当たったと言うことはなんとなくは見えていたというわけで、視力検査って言うのは運も味方に付ける必要があるということだと思っていました。
そんな目を持っていたのですが、いつの頃からかどんどん目が悪くなり、近視になってしまいました。
視力は下がり続け、ついには0.1を下回るようになり、めがねがないと生活できない状態になってしまいました。
一度下がった視力は上がることはなく、それでもめがねをかければ、それが煩わしいということを除けば普通に生活出来るため、特には問題を感じていませんでした。
それでも、めがねは老朽化するものですし、不注意で壊してしまうこともあり、不経済だなとは感じていました。
コンタクトレンズという選択肢もありましたが、そもそも目に何かを入れて生活する、という状態を想像しただけで胸のあたりがざわざわすることもあり、めがねをかけることで人生は過ぎ去っていきました。
めがねをかけたまま結婚することになりましたが、結婚式のときだけはコンタクトレンズをすることになり、何度も目を真っ赤にしながらコンタクトレンズを使用しました。
結婚式が終わるとまたもめがねの生活に戻りました。
そして何年かが過ぎ、子どもを出産してから初めてめがねに対する思いが変わることになりました。
とにかくめがねの煩わしさが跳ね上がったのです。
赤ちゃんは夜中に何度も起きて泣きますが、その度にめがねを掛けてから赤ちゃんを抱っこしてミルクを飲ませて、あるいはおむつを替えて、というのはするのが本当にわずらわしくなりました。
それにもし寝ている間に大地震などの天変地異が起きて、めがねが見つからないためにまわりに状況が把握できず、子どもを助けることが出来なかった、なんてことにならないとも限らないわけで、やはりめがねなしでもなんとか出来るようにしたくなりました。
実際にレーシックを受けたのは10年くらい前です。
それより前からレーシックという手術があるのは知っていましたが、やはり怖いというのと、治療費の値段がネックになり一歩を踏み出せずにいました。
しかし前述の理由から踏み切ることにしました。
当時はまだまだレーシックを手がけている病院も少なく、手術数もそんなには多くなかったようです。
事前の説明から検査を受け、角膜的には手術可能という結果にはなりました。
手術自体は30分程度で終わります。
目を強制的に開けられている状態の上に、風と水を何度もかけられて大変でした。
手術後は目がよく見えず、大きなゴーグルのようなものを付けられたまま病院を後にしました。
入院はしなかったです。
そのゴーグルを付けたまま、基本的には横になっていましたが、とにかく涙が大量に出て、かなり痛かったです。
こんなんじゃ寝れないよ、と思っていましたが、緊張で疲れていたのか割とすぐ寝ることが出来、翌日には痛みもそんなになく、病院でも異常なしでした。
それから何度か定期的に通院しましたが、特に問題なく視力1.0程度を今でも保っています。

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